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熊谷達也著「光降る丘」を読む

熊谷達也著「光降る丘」を読みました。

山が丸ごと崩落した映像がショッキングだった2008年6月の宮城県内陸地震で、大きな被害があった宮城県北部、栗駒山麓の開拓地、耕英地区をモデルにした「共英村」が舞台の小説です。

戦争中のシベリア抑留から生還したものの、家族をすべて失い、ただ一人で、共栄村の昼尚暗き原生林の開拓地に入植した一世の厳しい山の生活。そして現代に場面を移し、地震の中で、行方不明になった祖父である一世を、捜索に向かう孫の場面を交錯させながら、山に生きる人たちのたくましさ、絆を描く作品です。

なぜ、電気も水道も、まともな道路さえ無い、開拓地に住むようになり、50年経って、今度は地震に見舞われても、そこに留まるのか、当事者でなければ分らない、半世紀に渡る山との格闘、そして土地と自然への愛着を描いています。


山奥の不便な暮らしで、地震でも甚大な被害にあった。そんなところは、出てしまえばいいだろうと考えるのは、「食べる物が無ければお菓子を食べればいい」と言った王女と同じ感覚の話。インフラほか全てを、誰かに用意して貰っているのにも拘わらず、自分でそれを作り上げたかのように錯覚している私達にとって、想像を超えた世界があるのだ、ということを知らされます。

まず木を切り倒して土地を開き、食料を作り、水を確保し、自分達で家を建て、生活道路を作り、学校を立て(全て自分達が作業。作ってもらうのではない)、医者もいないので女同士が助け合って出産をし、子供を育て、生きていく、ことの意味。

そうして暮らしてきた地域は、自分自身と分かつことのできない世界。そうした祖父の苦労を知るだけに、孫の世代になっても、地震によって一からの出直しになっても、尚、残りたいと考えるのでしょう。

開拓一世が様々な失敗を乗り越え、開拓に苦労を重ねながら、きのこやイチゴの栽培に成功し、ようやく電気が通り、こどもたちと一緒に喜び会う幸せ。そこは「光降る丘」なのです。

それから時を経て、現代。地震で遭難した祖父を親子で捜索に行きます。崩落地帯を下っていく。それは決死の行動でもあります。しかし、行かなければならない。

クライマックスに追い込んでいく作者の手練には、いつもながら感心させられ、そして不覚にも涙しています。400ページほどある本ですが、一気に読めるでしょう。

熊谷達也 著 『光降る丘』   [PR]
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電子書籍:      
発行:2012.08.31 出版社:角川初戦 紙価格:1890円
ジャンル:純文学 形態:単行本