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佐伯一麦著「渡良瀬」を読む

佐伯一麦著、長編小説「渡良瀬」を読みました。

昭和天皇の容態悪化のニュースが頻繁に流されていた頃、著者がモデルと思われる28歳で電気工の南條拓は、茨城県西部の工業団地にある、下請けの配電盤製造工場で働き始めます。以下、ネタバレあり。


文学新人賞は取ったものの、まだ、物書きでは生活できない時期。妻は育児ノイローゼ気味、子供は難病の川崎病、本人も喘息があり、その転地療養と生活の安定のため、社員になるべく、見習いサラリーマンとして工場で働きはじめる主人公。

家族との葛藤の部分は、いくら私小説家とはいえ、こんなに書いていいのかな、と心配になるところですが、この本の大部分は、小説を書くよりも、家族のために、電気工職人として、額に汗して働く自分と、先輩職人とのやりとり、電気工事の描写に費やされます。

途中、作業の描写が、延々と続くところがあり、専門用語も多くて、門外漢には具体的にイメージできないのですが、その文体のリズムで、きびきびと作業を進める様、ケーブルのアールの美しさにこだわる職人魂、などは伝わってきます。

二十数年前の内容で、変わっているところもあるでしょうが、是非、電気工事に携わる方に読んで頂きたい。「職人」としての矜持や、作業の様とこだわりが、「それ、それ」とか「ちげーよ」というところがあると思われ、面白いと思います。

地方での人間関係、いろいろな過去を持つ、癖のある職人とも、仕事を通して馴染んでいきます。腕も認められ、急病で倒れた下請けの社長の小さい会社へ応援に行ったり、不測の事態でも助け合う「仲間意識」も生まれ、定収もあって、主人公の精神は、すこぶる安定している時期だったようにも思われます。

連載された期間が長かったせいか、途中「渡良瀬」の観光案内風や、歴史風土の紹介があったり、多少の脱線もありますが、著者の作品の中では珍しい、家族や生活の問題が解決して、定住し、明るい未来が来るのではないか、という希望のある小説になっています。

雑誌「海燕」に長期にわたって連載され、未完となっていたものに、大幅加筆修正された作品です。

2014年第25回伊藤整文学賞(小樽市など主催/副賞百万円)受賞作品。

佐伯一麦 著 『渡良瀬』   [PR]
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電子書籍:      
発行:2013/12/25 出版社:岩波書店 紙価格:2310円
ジャンル:純文学 形態:単行本